徳島・上勝町にあるcafe polestarの東輝実さんとのたわいないけれど、それでいて遠くを見通すようなお喋りの記録。「さわさわしたコーヒー」とは、熱くて口に入れたらもうしゃべれないくらいハフハフしてしまうようなコーヒーのこと。詳しくは輝実さんに聞いてみましょう
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輝実さま
さてさて 輝実さんと話していると 自分がキリッとなるわけです。
色々なお話をするようになりましたが、いつも自分のあれこれといったことはテーブルに上がらず、10年後、いや100年後の社会を見つめたお話をされるので、目下さえ危うい私からしたら すごい人。輝実さんとの会話が始まると、普段とは違うスイッチが入ります。
昨年頃から上勝をモデルにしつつも、地域での暮らし方とその未来をどう描いていくか、何を実践しようか、 今まさにアイディア出しをしているところですね。
先日、コーヒーを片手に互いに話をしていると、彼女が夢を語ってくれました。
「自分が営むカフェで、原稿用紙に向き合うような人がいたら最高。もし自分のカフェから文豪が生まれたらこれ以上ない」
なるほど。
私はビジュアルから美や文化を感じやすい方ですが、輝実さんは文字や言葉から情報だけでなく、その向こうにある世界や文化がパッと見えてしまうのですね。輝実さんが感じる文字への魅力を、ぜひ後で教えてください。
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文豪と聞いてピンときた私は、自分の出生地でもある、伊豆・下田の随所を思い起こしました。下田旧市街には川端康成が滞在した宿が、三島由紀夫が愛したマドレーヌという看板を掲げた洋菓子店が、半島の中心部に行けば、かの「天城越え」の地があります。
これはとても私的な思い出ですが、下田市内に「邪宗門」という純喫茶があります。北原白秋の邪宗門から引っ張ってきた店名です。店内は薄く暗くランプが点り、骨董があれこれ置いてあります。昔の胴長赤ポストや駅舎の看板などが点在し、好きな人にはたまらない空間です。
薄暗い店内に一箇所窓辺の席があって、そこにいつもマスターが座っています。パイプを燻らしながら何やら精密なものを手入れしていて、もう、完璧。
小学生の頃の私は、夏休みに下田に帰省すると、親にねだって 大人気分でここの喫茶店に入り、ミルクコーヒーを頼むのが十八番でした。
トイレに行くと ノートがあって、「家族で来ました、コーヒー最高!」「毎年来ています」「恋人と来ました」「この喫茶店に何度も来ていますが、ついに結婚しました」みたいなことがズラーっと綴られているのです。自分の中に秘めていたことを、近所の喫茶店ではなく、大切な人と訪れた旅先のカフェのトイレで 明かすという。ああ、これぞ旅先の喫茶店のトイレの理想郷です。
私もいつかここにそんなことを書きたいなあという、淡い想いを抱かせてくれたとても大切なお店です。
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なぜ 伊豆・下田で このような文豪の足跡を感じられるのでしょう。
伊豆半島は、古くは平家の落人が逃れた地であり、江戸時代は流刑地、幕末は黒船が最初に来航した地で、明治維新を仕掛けた彼らの足取りも記録されています。”密会”もさぞ開かれたことでしょう。大正には文豪がひっそりと立ち寄り、昭和になればハネムーンのメッカ。
そう、ここは「エスケープの地」だったんですね。
筆を握って自分が作る世界に没頭するということは、より内向的になる作業で、外界と閉ざされた環境が最適です。
ふと思いましたが、日常から思いっきり切り離された場は、すごい未来を作る場になりうるということでしょうか。おそらくその空間は、何かの情報空間にコネクトしていて、そこだからこそ、思いがけないことが起きてしまう、書けてしまう。”現在の延長線上にはない未来”。
なんだか面白くなってきました。
続く。